まず、老人の生後間もないころといえば、80年も90年も前です。
果たして彼らの母親がどんな育て方をしたか、知る人はいない。
いるとすれば本人だが、その本人は呆けているのだ。
さらに、その本人が意識化し、言語化せねばならないとくるのだから、話にもならない。
個体にも社会にも還元できない最近、特に哲学の世界から、精神分析に対する批判が起こっています。
彼らの主張は難解で、私に明解にわかるというわけにはいかないが、どうやらこういうことらしい。
ある個人がもっている問題は、個人の問題ではなく、社会や政治の問題でもある。
ところが、精神分析はその原因を個人の過去の人間関係にのみ押しこんでしまい、結果として、政治的抑圧に手を貸している、と。
これもわからないではない。
だが、ちょっと批判の視点が政治の側に寄りすぎてはいないでしょうか。